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福岡高等裁判所 昭和47年(ネ)275号 判決

控訴人

株式会社豊和相互銀行

右代表者

池田平治

右訴訟代理人

渕辰吉

被控訴人

高石優造

(外二名)

右訴訟代理人

桜木富義

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

当裁判所も被控訴人らの本訴請求を認容すべきものと認めるものであつて、その理由は左記のほかは原判決理由説示と同一であるからこれを引用する。

一〈原判決附加訂正省略〉

二〈排斥証拠省略〉

三控訴人は本件定期預金の預金者と認めた訴外樋口幸夫に対する貸付金債権をもつて被控訴人高石、同末松関係の定期預金払戻請求権と善意で相殺したので同被控訴人らに対する支払義務はないと主張する。

しかし、上記認定のとおり被控訴人高石、同末松は各自控訴銀行八屋支店において同支店次長大慈弥久直と直接本件各預金契約をしており従つて預金者が被控訴人らであることが明らかで、右支店において樋口幸夫が預金者として払戻を受ける権限を有する者であると信じていたとは到底認められず、右控訴人の主張に副う原審及び当審証人大慈弥久直、同鈴木重成の各証言は措信できない。

かりに、控訴人主張のように右八屋支店において樋口幸夫を本件定期預金の預金者と認めていたとしても、このように認めてこれに対し定期預金証書を再発行してその定期預金を貸付金の担保とし、その結果控訴銀行八屋支店が本件関係定期預金の期限前払戻と同じ結果となる相殺をしたことについて同支店に過失がなかつたとは認められない。即ち、この点についての控訴人側の証人である〈証拠略〉証言をそのままとるとしても、これによると「昭和四三年一二月二三日右八屋支店支店長鈴木重成に対し右樋口から急に不動産を買うことになつたので金がいる、高西をやるので貸出の手続を進めてほしい旨の電話があり、間もなく高西が印鑑を持参し同旨のことを述べて高石、末松名義の定期預金(合計金一五〇万円)を担保に金一三〇万円の貸付を求め、右定期預金証書は樋口が探しているが見つからないとか、樋口があとから持参するとか述べた。そこで鈴木支店長は樋口でなければ手続ができないというと、高石の連絡で、かなりの時間がたつて樋口が来て、定期預金証書は妻に保管させていたが、探しても見つからないので、部屋を整理したときに破り棄てたのではなかろうか、どうしても貸してもらわないと重大な損害を受ける、印鑑も持つてきているので損害をかけることはない、一二月三一日までには返済する、今度協力してもらえれば土地の売主を紹介して預金をしてもらうようにするなどといつて定期預金を担保に貸付を懇願したので、同支店長は状況判断し定期預金を担保に要求どおりの金員を貸付けるのを妥当と認定し、即時右定期預金に関して定期預金証書の再発行手続をとつて右定期預金を担保に金一三〇万円を樋口に貸付けた。ところが右貸付金の返済がないまま、昭和四三年一月一〇日に至り、更に樋口から金二〇万円の貸増しを求められたので鈴木支店長はこれを拒絶したところ、樋口は右定期預金の解約申出をし同支店長はこれを承諾して右貸付金債権をもつて定期預金払戻請求権とを対当額において相殺し、定期預金の残金は樋口に払戻した。」というのである。

しかし樋口が定期預金証書を持参しなかつた理由というのは妻に保管をまかせ、部屋の整理をしたときに破り棄てたのではなかろうかという程度のことで、重要な定期預金証書についてこのような杜撰な保管取扱をしたこと自体尋常のこととは思えず、その定期預金証書を持参しない理由はまことに納得しがたいものがある。特に〈証拠略〉(控訴銀行の事務処理準則書、預金関係諸届書類の処理について)によると、定期預金証書が紛失した場合の諸手続としては、銀行側としてはまず預金者に対しその手続が面倒で預金証書の再発行交付までに時間を要することを述べて十分探すよう勧め、所定の紛失届と保証人連署の再交付請求書の提出を求め、元帳等にその旨記入して支払を停止する再発行の時期は原則として紛失届後二週間後とすることが定められていることが認められ、しかも、定期預金はその期限後証書の所持人が現出することも十分にありうるのであるから、期限前の払戻は厳に慎むのが銀行筋の通常の取扱と認められることは〈証拠略〉からもうかがえるからである。

すると、右のように樋口が定期預金証書を持参しないことの理由に合理性がない以上、銀行としては右通常の原則的な取扱をするのはもちろん、本件の場合には弁論の全趣旨によれば、上記貸付金の支払がないときは定期預金払戻請求権と相殺することにより定期預金の期限前払戻と同じ結果を紹来することが予定されていたものと認められるから、貸付及び定期預金証書再発行を含む同債権上に担保権を設定する手続には慎重な配慮がなさるべきであり、それにもかかわらず鈴木支店長が格別首肯しうる合理的理由もないまま猶予期間を短縮して即時定期預金証書の再発行手続をとつてこれを担保に直ちに貸付をして遂には相殺により定期預金を期限前に払戻したと同じ結果を招来したことは軽率にして過失があるといわねばならない。従つて本件の場合には民法第四七八条の類推適用により控訴銀行が免責される余地はない。

ところで、〈証拠略〉によれば、本件各定期預金はいわゆる自動継続の特約がなされていたものであるが、満期日前の昭和四四年五月二六日被控訴人らは控訴銀行八尾支店に払戻を要求して自動継続の意思がないことを明らかにしたうえ、本件定期預金の満期日の翌日右銀行八屋支店において各定期預金証書を示して払戻しを請求していることを認めることができるから、控訴人に対し各関係の定期預金額並びにこれに対する預金の翌日から満期日まで約定の年五分の割合による利息及びその後完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める被控訴人らの本訴請求は正当として認容すべきである。

よつてこれと同旨の原判決は相当にして本件控訴は理由がないので民事訴訟法第三八四条、第八九条に従い主文のとおり判決する。

(池畑祐治 生田謙二 富田郁郎)

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